これもある意味クリスマス商戦狙いなのか+並べていいのかローマ。
キリスト教徒的には正しいクリスマスプレゼントのような気もするのだが。
今月21日に出たばかりのキリストの伝記本。
何と著者は、現ローマ法王ベネディクト16世である。
これはナザレのイエスの生涯を描いた3巻本の1巻目になるのだそうで、幼少期編ということになるようで。その中で、今の西暦というのはキリストが生まれた年を紀元(Anno domini )1年としていてそれ以前を紀元前(Before Christ )としているのだが、実際にはキリストはその紀元1年より前に生まれたと記しているらしい。
で、それが画期的とか言っていたのだが、でもそんなことはとっくに世界中のみなさんは知ってることだと思うのだけど(笑)。そもそもこのADとかBCというのは、ず~っと後になって中世の坊さんが計算して設定したものだし、その時点で計算ミスをやらかしたらしいという話は有名だし。まあでも、カトリックのトップがそれを認める発言をしちゃってるらしいというのは、どうなんでしょう、新しいのかな? この人以前の法王様も言っていることなのかな?
まあそんなふうに、どちらかというと事実に即して歴史上の人物としてイエスを描いているっぽいということなのですが、しかし『ダ・ヴィンチ・コード』のようなことにはならないことだけは確かだ(笑)。そもそもこのお方、枢機卿時代に『ダ・ヴィンチ・コード』に激しく反発してましたしねえ。私からしてみると、どちらかというと『天使と悪魔』の方がよほどヴァチカンに喧嘩を売っていると思うのだが(原作版の方ね。映画版はさほどでもない)。
とりあえず世界のカトリック教徒の人や聖書研究家などが買うとして、うん、それだけでものすごいベストセラーになりそうだ(笑)。でもこれ、もし裏表紙とかに著者近影のどアップ写真とかあったりしたら、子供のクリスマスプレゼントにはちょっと怖いというか(笑)。あの方こわもてなので。
とか言ってるとヴァチカンから刺客が送られてきそうだが、大丈夫、いつももっと怒られそうなこと言ってるから(笑)。
というわけで、キリスト教つながりで思い立ったところで、今日はローマの日ということで。
しかしそのローマ話は確か今、「ディオクレティアヌス帝(長いので以下ディオさん)が独裁者だとかキリスト教の大迫害を行なったとかいう冤罪を晴らす」話をしているところだったような気がするので、並べてしていい話なのかなあと思わないでもない(笑)。
とりあえずあまりにも久しぶりなのでこれまでのところをまとめてみると、そもそもは「3世紀の危機」=異民族侵入・経済の低迷・政治は軍人皇帝時代で軍部が暴走してボロボロな状態を立て直したディオさんなのに、そのわりに教科書ではあまりいい書かれ方をしていないというのにちょっと文句をつけようと思ったら何だか長くなったというか、はっきり言えばディオさん以後のローマには私はあんまり魅力を感じないからだらだら引き延ばしているというか(笑)。ともあれ、
1.ローマ帝国内の上意下達を徹底するために元老院を潰して中央集権化をすすめるという「ドミナートゥス」を始めたから、独裁者と言えなくもない。
2.ただし「皇帝崇拝を強要してキリスト教を迫害した」というような事実はないと思う。
3.ついでに「キリスト教徒を迫害した」というのも事実ではあるが、「大迫害」と言われるほどのことはしていない。
というあたりまで話をしていたのだったか。
で、その「ディオさんが独裁者」だとか「キリスト教徒の大迫害を行なった」という記述だが、これはこの直後に公認・国教化されるキリスト教徒側からの資料によるところが大きいわけだ。それは歴史というのは史料重視ですよ。とはいえ、その史料というのも今現在残っているのは大体勝った側や、時の権力者にとって都合のいいことが書かれているものがほとんどというのもまた事実。それをこの場合に当てはめると、国教化されたキリスト教徒側から見れば、規模はさておき迫害を行なったという事実だけでそれはディオさんのことをよくは書かないですよね。しかし、そのキリスト教徒たちにしてからが、せいぜいで独裁を行なったとか大迫害を行なったとか、そういうどちらかというと曖昧な書き方しかしてないですよね。他の暴君と言われた皇帝のように乱痴気騒ぎを繰り広げたとか俺は神だと言ったとか、そういうことは多分書いてないかと(全部の史料見てないから確かなことは言えないけど)。逆に言えば、攻撃しようとしたところでディオさんにはそういう攻撃材料がなかったとも言えるわけで。まあ実際引退してキャベツ育ててるような人ですしねえ。
そしてもうひとつ、史料の問題としては、今現在残っている記録というのは政治の記録だとか、記録するに値する事件の記録だとか、そういうものがほとんどで、当時も大多数を占めていたはずの一般民衆が何を考えていたかとか、そういったことは見えてこないわけだ。しかしそれでは本当の生きた歴史と言えないのではないかという批判があったりして、第二次大戦後は日本でも西洋でも一般民衆に焦点を当てた歴史研究がすすめられてきている。まあそれも史料なり資料がいくらかでもないと難しいと思うのだが、ローマの場合は遺跡もあちこちに残ってますからね。
というのでそれを手がかりに、じゃあローマの一般民衆にとってキリスト教はどんな存在で、ディオさんが迫害を行なったことに対してどういう印象を抱いていたのかをちょっと考えてみる。
まずローマという国は元々多神教国家。それもかなりいい加減、もとい門戸の広い。
それはローマという国が東はメソポタミア・エジプトから西はブリタニア、北はゲルマンまでと非常に広大な国土と多民族・多宗教国家だったから勢い宗教的には寛容にならざるを得ないだろうというのもあったのだろうが、それを抜きにしても、元々ローマ人って宗教的には寛容な民族だったのではないかと。
一応ローマにもローマの神というのがいて、主神ユピテルを筆頭に結婚の女神ユノ、軍神マルスといった神々がいるわけなのだが、実はこの時点で既によその神様とくっついたり直輸入したりしているんですよね。よその、というのはギリシャですけど。そもそも私、アポロンがダフネを追いかけたら月桂樹に変わったとか、そういった話をギリシャ神話だと思っていたわけなのだが、よく考えてみたらこれ、オヴィディウスの『変身物語』ですよね? オヴィディウスって、ローマ人ですよね? つまり、ローマ人が書いたギリシャ神話ってことですよね? いや、オヴィディウスはローマ神話のつもりで書いていたのか? というかローマの12神って、ギリシャの12神ときっちり区別できないというか、何だかかなり合体してごっちゃになってますよね? そもそもローマ建国の叙事詩『アエネイス』にしてからが、ローマの起源はトロヤ戦争で滅びたトロイの王家とか言っちゃってるし、自分たちの神様も起源もギリシャとくっつけちゃうくらい節操のない、もとい門戸の広い宗教観の民族だと思うわけです。
で、確かポンペイの遺跡からもギリシャ以外にエジプトのイシス女神の像が発見されていたり、そのエジプトではエジプトの神様トートとギリシャの神様ヘルメスが同じ知識系の神様だからというのでくっついてヘルメス・トートと呼ばれたり、そこからおそらく錬金術のヘルメス・トリスメギストスが生まれたりといったふうに、何と言うのか似たような神様は一緒にしてしまえばいいやというのか、御利益があるならどこの神様でもいいやというのか、実にいい加減、もとい大らかな感じだったと思うんですよね。
ただしこれはギリシャにしろローマにしろエジプトにしろ、多神教だから多少神様が増えても減ってもいいや的な感じだったと思うのだが、この中に一神教が入ってくると、ちょっと事情は違ってくると思う。
古代ローマで一神教といえばユダヤ教とキリスト教だが、このうちユダヤ教はユダヤ人オンリーで他の民族に広めようという気はないのであんまり関係ない。まあ反乱をおこしたりして鎮圧されるということはあったりしたが、それは宗教というより反乱を起こしたからだし。
しかしキリスト教は民族や身分に関係なく信じる者は救われると布教して回るので、一般の人々とかち合うことは多かったと思われる。
で、例えば商売なんかやってるローマ人の家でメルクリウス神とヘルメス神と、そのうえに何か御利益のある新しい東方の神様とかを並べて神棚に飾って拝んでいたり、病人が出たらアスクレピオス神にお参りするとか、よくわからないが効き目があるというまじない師に何かやってもらうとかというのが普通の感覚だったと思われる。そこへいきなり「お前の信じている神は全部ニセモノだ、本物は我々の神ただひとつだけだ!!」と主張する人物が現れたら、何この人、とまず思うだろう。さらにその人が「こんなもんただの石!!」とか言って神棚の像を叩き壊しはじめたりしたら、それは怒るし、ふんじばって当局に突きだすくらいのことはすると思う。
そして実際この頃のキリスト教徒というのは、こっそり隠れて自分たちだけでお祈りしているという人たちもいたかもしれんが、上にあげたような、ちょっと宗教的活動に熱心な人々というのも確かにいたらしい。そんな人々が町の神像を壊して回ったり、神殿に放火して回ったりしたら、ローマの人たちからしてみたらただのフーリガンくらいにしか思えなかったんじゃないかなあ。ちなみにディオさんの迫害令だって、キリスト教徒がどこぞの神殿を破壊したとか、ディオさんの宮殿に放火した(これはキリスト教徒の仕業だったかどうかは不明らしいのだが)というせいもあるのだし。そんなことをされたらディオさんじゃなくても、一般民衆だってそれは当局に突きだすだろうし、こいつら何とかしてくれと取り締まりを訴えもするだろう。
そして捕まえた後だが、後のキリスト教会とは違って、当局はこの扱いにかなり困っていたらしい。後のキリスト教会なら異教徒・異端は問答無用でバーベキュー(その前に下ごしらえがあったりするが)とかなりわかりやすいのだが、古代ローマは宗教には寛容だから、何かを信じているというだけで有罪にするということはあんまりなかったわけだ。まあキリスト教徒が色々やらかして問題になった後ではそれ自体で有罪というケースもあったようだが、それだって即有罪ということはなく、かなり長いこと説得して何とか有罪になるのを免れさせようとするケースがほとんどだったらしい。にもかかわらず処刑されたりする人が出てくるというのは、キリスト教徒側が頑固で、あくまで殉教を主張したからというのもあるらしい。
と考えると、どう見てもディオさんをはじめローマの当局がか弱い無抵抗なキリスト教徒を片っ端から弾圧・迫害して回ったという構図にはならないような気がするのだが。むしろ、ローマ市民の平穏を乱すフーリガンを仕方なく取り締まったという感じじゃないか? これ、結果的にこの後キリスト教が公認・国教化&ローマが東西分裂して滅亡していわばキリスト教が一人勝ちしたから、この時期我々は迫害されていたのだと言っているけど、もし逆にキリスト教が公認もされず、ローマが多神教のまま1000年続いていたとしたら、1000年後の歴史書にはきっと、この時期ローマの宗教を攻撃するキリスト教なるカルト集団がいたとか書かれていたと思う。
う~ん、しかし本当にヴァチカンから刺客が送られてきそうな話になってしまった(笑)。
というわけで今日はこのあたりで。
今月21日に出たばかりのキリストの伝記本。
何と著者は、現ローマ法王ベネディクト16世である。
これはナザレのイエスの生涯を描いた3巻本の1巻目になるのだそうで、幼少期編ということになるようで。その中で、今の西暦というのはキリストが生まれた年を紀元(Anno domini )1年としていてそれ以前を紀元前(Before Christ )としているのだが、実際にはキリストはその紀元1年より前に生まれたと記しているらしい。
で、それが画期的とか言っていたのだが、でもそんなことはとっくに世界中のみなさんは知ってることだと思うのだけど(笑)。そもそもこのADとかBCというのは、ず~っと後になって中世の坊さんが計算して設定したものだし、その時点で計算ミスをやらかしたらしいという話は有名だし。まあでも、カトリックのトップがそれを認める発言をしちゃってるらしいというのは、どうなんでしょう、新しいのかな? この人以前の法王様も言っていることなのかな?
まあそんなふうに、どちらかというと事実に即して歴史上の人物としてイエスを描いているっぽいということなのですが、しかし『ダ・ヴィンチ・コード』のようなことにはならないことだけは確かだ(笑)。そもそもこのお方、枢機卿時代に『ダ・ヴィンチ・コード』に激しく反発してましたしねえ。私からしてみると、どちらかというと『天使と悪魔』の方がよほどヴァチカンに喧嘩を売っていると思うのだが(原作版の方ね。映画版はさほどでもない)。
とりあえず世界のカトリック教徒の人や聖書研究家などが買うとして、うん、それだけでものすごいベストセラーになりそうだ(笑)。でもこれ、もし裏表紙とかに著者近影のどアップ写真とかあったりしたら、子供のクリスマスプレゼントにはちょっと怖いというか(笑)。あの方こわもてなので。
とか言ってるとヴァチカンから刺客が送られてきそうだが、大丈夫、いつももっと怒られそうなこと言ってるから(笑)。
というわけで、キリスト教つながりで思い立ったところで、今日はローマの日ということで。
しかしそのローマ話は確か今、「ディオクレティアヌス帝(長いので以下ディオさん)が独裁者だとかキリスト教の大迫害を行なったとかいう冤罪を晴らす」話をしているところだったような気がするので、並べてしていい話なのかなあと思わないでもない(笑)。
とりあえずあまりにも久しぶりなのでこれまでのところをまとめてみると、そもそもは「3世紀の危機」=異民族侵入・経済の低迷・政治は軍人皇帝時代で軍部が暴走してボロボロな状態を立て直したディオさんなのに、そのわりに教科書ではあまりいい書かれ方をしていないというのにちょっと文句をつけようと思ったら何だか長くなったというか、はっきり言えばディオさん以後のローマには私はあんまり魅力を感じないからだらだら引き延ばしているというか(笑)。ともあれ、
1.ローマ帝国内の上意下達を徹底するために元老院を潰して中央集権化をすすめるという「ドミナートゥス」を始めたから、独裁者と言えなくもない。
2.ただし「皇帝崇拝を強要してキリスト教を迫害した」というような事実はないと思う。
3.ついでに「キリスト教徒を迫害した」というのも事実ではあるが、「大迫害」と言われるほどのことはしていない。
というあたりまで話をしていたのだったか。
で、その「ディオさんが独裁者」だとか「キリスト教徒の大迫害を行なった」という記述だが、これはこの直後に公認・国教化されるキリスト教徒側からの資料によるところが大きいわけだ。それは歴史というのは史料重視ですよ。とはいえ、その史料というのも今現在残っているのは大体勝った側や、時の権力者にとって都合のいいことが書かれているものがほとんどというのもまた事実。それをこの場合に当てはめると、国教化されたキリスト教徒側から見れば、規模はさておき迫害を行なったという事実だけでそれはディオさんのことをよくは書かないですよね。しかし、そのキリスト教徒たちにしてからが、せいぜいで独裁を行なったとか大迫害を行なったとか、そういうどちらかというと曖昧な書き方しかしてないですよね。他の暴君と言われた皇帝のように乱痴気騒ぎを繰り広げたとか俺は神だと言ったとか、そういうことは多分書いてないかと(全部の史料見てないから確かなことは言えないけど)。逆に言えば、攻撃しようとしたところでディオさんにはそういう攻撃材料がなかったとも言えるわけで。まあ実際引退してキャベツ育ててるような人ですしねえ。
そしてもうひとつ、史料の問題としては、今現在残っている記録というのは政治の記録だとか、記録するに値する事件の記録だとか、そういうものがほとんどで、当時も大多数を占めていたはずの一般民衆が何を考えていたかとか、そういったことは見えてこないわけだ。しかしそれでは本当の生きた歴史と言えないのではないかという批判があったりして、第二次大戦後は日本でも西洋でも一般民衆に焦点を当てた歴史研究がすすめられてきている。まあそれも史料なり資料がいくらかでもないと難しいと思うのだが、ローマの場合は遺跡もあちこちに残ってますからね。
というのでそれを手がかりに、じゃあローマの一般民衆にとってキリスト教はどんな存在で、ディオさんが迫害を行なったことに対してどういう印象を抱いていたのかをちょっと考えてみる。
まずローマという国は元々多神教国家。それもかなりいい加減、もとい門戸の広い。
それはローマという国が東はメソポタミア・エジプトから西はブリタニア、北はゲルマンまでと非常に広大な国土と多民族・多宗教国家だったから勢い宗教的には寛容にならざるを得ないだろうというのもあったのだろうが、それを抜きにしても、元々ローマ人って宗教的には寛容な民族だったのではないかと。
一応ローマにもローマの神というのがいて、主神ユピテルを筆頭に結婚の女神ユノ、軍神マルスといった神々がいるわけなのだが、実はこの時点で既によその神様とくっついたり直輸入したりしているんですよね。よその、というのはギリシャですけど。そもそも私、アポロンがダフネを追いかけたら月桂樹に変わったとか、そういった話をギリシャ神話だと思っていたわけなのだが、よく考えてみたらこれ、オヴィディウスの『変身物語』ですよね? オヴィディウスって、ローマ人ですよね? つまり、ローマ人が書いたギリシャ神話ってことですよね? いや、オヴィディウスはローマ神話のつもりで書いていたのか? というかローマの12神って、ギリシャの12神ときっちり区別できないというか、何だかかなり合体してごっちゃになってますよね? そもそもローマ建国の叙事詩『アエネイス』にしてからが、ローマの起源はトロヤ戦争で滅びたトロイの王家とか言っちゃってるし、自分たちの神様も起源もギリシャとくっつけちゃうくらい節操のない、もとい門戸の広い宗教観の民族だと思うわけです。
で、確かポンペイの遺跡からもギリシャ以外にエジプトのイシス女神の像が発見されていたり、そのエジプトではエジプトの神様トートとギリシャの神様ヘルメスが同じ知識系の神様だからというのでくっついてヘルメス・トートと呼ばれたり、そこからおそらく錬金術のヘルメス・トリスメギストスが生まれたりといったふうに、何と言うのか似たような神様は一緒にしてしまえばいいやというのか、御利益があるならどこの神様でもいいやというのか、実にいい加減、もとい大らかな感じだったと思うんですよね。
ただしこれはギリシャにしろローマにしろエジプトにしろ、多神教だから多少神様が増えても減ってもいいや的な感じだったと思うのだが、この中に一神教が入ってくると、ちょっと事情は違ってくると思う。
古代ローマで一神教といえばユダヤ教とキリスト教だが、このうちユダヤ教はユダヤ人オンリーで他の民族に広めようという気はないのであんまり関係ない。まあ反乱をおこしたりして鎮圧されるということはあったりしたが、それは宗教というより反乱を起こしたからだし。
しかしキリスト教は民族や身分に関係なく信じる者は救われると布教して回るので、一般の人々とかち合うことは多かったと思われる。
で、例えば商売なんかやってるローマ人の家でメルクリウス神とヘルメス神と、そのうえに何か御利益のある新しい東方の神様とかを並べて神棚に飾って拝んでいたり、病人が出たらアスクレピオス神にお参りするとか、よくわからないが効き目があるというまじない師に何かやってもらうとかというのが普通の感覚だったと思われる。そこへいきなり「お前の信じている神は全部ニセモノだ、本物は我々の神ただひとつだけだ!!」と主張する人物が現れたら、何この人、とまず思うだろう。さらにその人が「こんなもんただの石!!」とか言って神棚の像を叩き壊しはじめたりしたら、それは怒るし、ふんじばって当局に突きだすくらいのことはすると思う。
そして実際この頃のキリスト教徒というのは、こっそり隠れて自分たちだけでお祈りしているという人たちもいたかもしれんが、上にあげたような、ちょっと宗教的活動に熱心な人々というのも確かにいたらしい。そんな人々が町の神像を壊して回ったり、神殿に放火して回ったりしたら、ローマの人たちからしてみたらただのフーリガンくらいにしか思えなかったんじゃないかなあ。ちなみにディオさんの迫害令だって、キリスト教徒がどこぞの神殿を破壊したとか、ディオさんの宮殿に放火した(これはキリスト教徒の仕業だったかどうかは不明らしいのだが)というせいもあるのだし。そんなことをされたらディオさんじゃなくても、一般民衆だってそれは当局に突きだすだろうし、こいつら何とかしてくれと取り締まりを訴えもするだろう。
そして捕まえた後だが、後のキリスト教会とは違って、当局はこの扱いにかなり困っていたらしい。後のキリスト教会なら異教徒・異端は問答無用でバーベキュー(その前に下ごしらえがあったりするが)とかなりわかりやすいのだが、古代ローマは宗教には寛容だから、何かを信じているというだけで有罪にするということはあんまりなかったわけだ。まあキリスト教徒が色々やらかして問題になった後ではそれ自体で有罪というケースもあったようだが、それだって即有罪ということはなく、かなり長いこと説得して何とか有罪になるのを免れさせようとするケースがほとんどだったらしい。にもかかわらず処刑されたりする人が出てくるというのは、キリスト教徒側が頑固で、あくまで殉教を主張したからというのもあるらしい。
と考えると、どう見てもディオさんをはじめローマの当局がか弱い無抵抗なキリスト教徒を片っ端から弾圧・迫害して回ったという構図にはならないような気がするのだが。むしろ、ローマ市民の平穏を乱すフーリガンを仕方なく取り締まったという感じじゃないか? これ、結果的にこの後キリスト教が公認・国教化&ローマが東西分裂して滅亡していわばキリスト教が一人勝ちしたから、この時期我々は迫害されていたのだと言っているけど、もし逆にキリスト教が公認もされず、ローマが多神教のまま1000年続いていたとしたら、1000年後の歴史書にはきっと、この時期ローマの宗教を攻撃するキリスト教なるカルト集団がいたとか書かれていたと思う。
う~ん、しかし本当にヴァチカンから刺客が送られてきそうな話になってしまった(笑)。
というわけで今日はこのあたりで。


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