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久々にレンタル屋に行ったらちょうどこれが出ていたので、今日は久々に映画の話というか、古代ローマの終焉というか


アレクサンドリア [DVD]
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2011-09-09

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アレクサンドリア=その昔東方遠征を行なったアレクサンドロス大王が征服した各地に作った都市で、この場合はそのうちエジプトにあってプトレマイオス朝エジプト(クレオパトラの)の首都として栄えた都市のこと。その頃からローマ支配下に入ってもずっと、伝説の大図書館を擁する学芸の中心地として有名で、「ないものは雪ばかり」と言われたほどだったわけですが。
しかし4世紀末から5世紀初めにかけて、ローマ帝国がキリスト教を国教化するのと前後してアレクサンドリアの大図書館も破壊され、最終的にヘレニズム学芸の中心地としてのアレクサンドリアも消滅してしまう(町自体は今も残っているが)わけですが、その一連の出来事を描いた映画です。
その一連の流れの中には、既存の多神教とキリスト教の対立とか、キリスト教国教化と異教崇拝の禁止というローマの政策とか、いろんな要素がからんできているわけではあるんですが、この映画ではその中心に実在の女性哲学者ヒュパティアを据えている。ヒュパティアはアレクサンドリアの新プラトン主義(詳しく説明すると長くなるのでここではヘレニズム時代の思想とでも)の学校長を務め、数学や天文学の分野で業績をあげたとされる人です。ただしその著作などは残っていないので、実際にどういう研究をしていたのかということなどははっきりわかっていないわけですが。書簡や何やで断片的に伝わっているところでは、まれに見る才能を誇る女性で、当時のエジプトといえばヘルメス主義など神秘思想もさかんだったわけですが、そういった神秘思想を排してより科学的な考え方をしていたとか、美貌の持ち主で求婚者も多かったようだがそれよりむしろ学問に身を捧げたいと断ったとか、そんな感じの女性だったようです。しかし最後は狂信的なキリスト教徒により惨殺されてしまうという。

とりあえず、
史実度まあ最近の映像技術なら大抵のことはできますよね。ストーリーもおおむね史実にのっとっていたようだし(ただしさすがにヒュパティアの最後については史実どおりに映像化はできなかったようで、ちょっと違ってるんですけど。でもこれでも十分ひどいんですけど)、一応ヒュパティア以外のキュリロス司教(字幕は主教になってたけど、司教でいいんじゃないかな。何で主教にしてるんだろう)やキュレネのシュネシオス司教なんかも実在の人物だし。
しかし、いくら何でもアレクサンドリアみたいな当時の大都市に駐屯しているローマ兵の数が少なすぎやしないか(笑)。あといくら何でもキリスト教徒の暴徒の数が多すぎやしないか。う~ん、ローマ兵のコスチュームをエキストラの分までそろえる予算がなかったのだろうか(笑)。アレクサンドリアの大図書館も、もうちょっと色々とねえ(笑)。
ギリシャというかローマ人名を英語読みされると「誰?」になる度キュリロスがサイリルになるというのもそうだし、ヒュパティアとかヒュパティアと発音してないから一瞬誰のこと言ってるんだかわからなかった(笑)。プトレマイオスもプトレミーだし。

とはいえ、この映画は史実にのっとるとどうしたって異教徒虐殺的なシーンが出てくるので、万人にオススメはちょっとできないですかねえ。この映画はあんまりハリウッド的スペクタクルな演出じゃなくどちらかというと地味目ですけど。しかし何しろキュリロス司教って、そりゃもう異教徒は皆殺し的な大変な過激派で、アレクサンドリアから異教徒を追放するなどして物理的に消し去りましたというので聖人に列せられているという人だし。この場合の異教徒はキリスト教の異端やユダヤ教徒、その他多神教の信者以外に古代ギリシャ・ローマ・ヘレニズム思想も含まれているわけですが。
というか、キリスト教って基本的に「信じる者だけが救われてそれ以外は救われない」と教えている宗教なんだから、どっちにしろ救われないことになっている異教徒なんか放っておけばいいじゃんと思うんですがねえ。救われたい自分たちだけ黙って教会でお祈りしてればいいじゃないか。別に救われない異教徒が偶像崇拝してようが多神教の神殿にお参りしようが、別にキリスト教徒の救いには何の関係もないじゃん。

ちなみにこの映画は392年テオドシウスによるキリスト教国教化、さらに異教の禁止と各地の神殿などの破壊といった出来事を背景にしているわけなんですが
ローマ帝国自体はその直後395年に東西分裂しているものの、西のローマは476年まで、東のローマ=ビザンツ帝国に至っては1453年まで存続してはいる。で、私は「古代ローマ」という呼び方もしているわけですが、じゃあ一体どこまでが時代区分的に古代でどこからが中世になるのかというと、諸説あるんですよね。こういう時代区分って別に当時の人たちがそう言ってたわけじゃなく、後の時代の歴史家が考えてるわけだし。しかし例えばこれが西ヨーロッパではいつ中世が終わって近代が始まったのかということなら、大体の歴史家はルネサンス・大航海時代・宗教改革の三点セットをターニングポイントにするだろうが、古代と中世の分かれ目って、そこまでわかりやすくはっきりしてないんですよね。ローマ帝国の東西分裂を分岐点にあげている人もいれば、西ローマ帝国の滅亡をあげている人もいるし、もっとさかのぼってゲルマン民族の大移動(375年)をあげている人も確かいたかと。ついでにこういう問題って、どれが正解というのはないですしねえ。

でも個人的な意見では、何年というはっきりした数字はあげられないけどやはりテオドシウスによるキリスト教国教化とそれに続く一連の政策が古代の終わりだと私は思うんですよね
だって古代ローマといえば東はメソポタミアから西はブリタニアまで、広大な版図の多民族国家ですよ。宗教もそれこそゾロアスター教やミトラ教からエジプトやギリシャの多神教からユダヤ教からキリスト教まで山ほどあり、それらがいっしょくたになって祭られていたり、混じり合って影響を及ぼしたりというラテン的大らかさがローマだと思うんですよね。初期のキリスト教だってギリシャ哲学の恩恵を受けているわけだし。それがキリスト教以外認めないという政策をとってオリンピアの競技も中止、デルフォイのアポロン神殿もアレクサンドリアの大図書館も破壊という時点でもう古代の伝統を破壊してしまっているじゃないかと。もちろんローマ帝国という国家自体は上にもあげたように1453年まで一応ありますし、ギボンさんの『ローマ帝国衰亡記』がやたら長い(文庫10巻)のはそこまで書いてるからなんですが、しかしテオドシウス以降のローマはもう何だか別の国っぽいイメージなんですよね。だから私にとってのローマはテオドシウスあたりで終わり。というかもっと言えば、ディオクレティアヌス帝あたりで実質的にはもう最後だと思ってますけどね、その後のコンスタンティヌスからテオドシウスにかけてのあたりは終わりの準備みたいなものというか。

アレクサンドリアなんかも、結局ヒュパティアの虐殺を契機として哲学者たちが逃亡してしまい、学芸の都としては崩壊してしまうし。だから大雑把にここいら辺りが古代の終焉だと思うんですよね。

というわけで今日はこのあたりで。

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