この前まで6月最高気温をマークしていたと思ったら。

今度はゲリラ豪雨で床下浸水とか、関東では雹が降ったとかいう話で、どうも最近の天気は極端だ

という本日はそれとは全く関係なく(笑)、最近の話題から

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こちらは先日執り行われたロイヤル・ウェディング
モナコ公国のアルベール2世公と、南アフリカのオリンピックの水泳選手だったCharlene さん(南アフリカなら英語読みなんだろうけど、モナコは仏語圏だし、どっちで読めばいいんだろう)。そういえばアルベール2世って、北極探検したり、昔(まだ皇太子時代に)オリンピックに出場したりしていたスポーツマンらしいので、それが縁だったりするのだろうか。モナコは後継者がいなくなったらフランスに合併吸収されてしまうらしいので、君主が結婚したのはめでたいことだ。まあ非嫡出子はいるらしいんですが、多分継承権はないだろうし。今のところ姉妹がいるので推定相続人はいるということですぐに断絶することはないんですけどさ。

それからもうひとつ。

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こちらの方はオットー・フォン・ハプスブルクさん
「ハプスブルク」という名前からしておわかりのように、あのハプスブルク家の方で、しかも帝国最後の皇太子だった方なんですが、このたびお亡くなりになったそうです
あ、ちなみにハプスブルク家自体は息子さんが家長を継いで、子孫の方もたくさんいらっしゃるようですが。ハプスブルク家といえば、大雑把に現在のドイツ~中欧付近にあった神聖ローマ帝国皇帝だったり、一時はスペインから新大陸やアジアの植民地まで支配した名門その後スペイン(とセットの植民地)はフランス・ブルボン家に乗っ取られ、神聖ローマ帝国もフランス(というかコルシカ)のナポレオンに解体され、さらにその後プロイセンがドイツを統一した際には入れてもらえず、妥協の産物としてオーストリア=ハンガリー帝国を名乗っていたわけですが。オーストリア=ハンガリーといっても、現在のオーストリアとハンガリーにとどまらず領土的にはポーランド(一部)からバルカン半島の旧ユーゴ(一部)までをカバーする広大な帝国だったわけですが。しかしこのオーストリア=ハンガリー帝国も第一次大戦の敗北で完全に解体されてしまうわけなんですが、上のオットーさんはそのオーストリア=ハンガリー最後の皇帝だったカール1世の長男で、父の即位に伴ってまだ子供の頃に皇太子になったらしいです

というかここの家は結婚戦略で色々領土を増やしてきたから地位とかタイトルも本当はものすご~くややこしいんですが。確か「オーストリア皇帝にしてハンガリー王」というタイトル以外に山ほどタイトルがあったような。そして何より、この方の本名もものすご~く長いらしいんですけどね。
それはさておき、第一次大戦後オーストリア=ハンガリーが解体されるとハプスブルク家の人たちは国外追放になったわけなんですが、第二次大戦後にオーストリア共和国への敵対行為を行なわない・継承権その他を放棄するという条件で追放処分を解かれたそうです。でもこの方はドイツに住んでいたらしいですけど。ちなみに遺体の方は先祖代々のハプスブルク家の墓所に葬られるらしいです
いや~、何だか歴史の生き証人みたいな人ですね。

というわけで今日はこのあたりで。

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