引っ張ってすみませんが(笑)。史上最大の作戦その8。
というわけで、今日は清く正しく(両方とも私には縁のない言葉だが(笑))、とっとと行きましょう。本日の第二次世界大戦!!。
さて、いよいよ史上最大の作戦は大詰めだ。まずここまでの話を簡単に振り返ってみると、
1.上陸しに攻めていく場合、陸地(海岸地帯)で迎え撃たれると不利なので、作戦については知られないようにしなければならなかった。これについては、上陸地点も上陸日時もドイツにはつかませなかった連合国(というかイギリス)のスパイ大作戦勝ち(笑)。
2.できれば上陸地点にはドイツ軍がいない方がいいという点も、偵察機を飛ばしたり、パットン将軍の架空の部隊まで作ったり、あと単なるドイツ軍内部の内輪もめ(笑)のせいでまんまとカレーと思わせることに成功した。
その他、最大の障害(笑)ド・ゴール将軍については、したたかで人当たりのいいアイゼンハウアーを持ってくることで封じたし、残りは人知ではどうにもならないドーバーのかわいげのない(笑)悪天候のみが越えなければならないハードルだった。何しろ海岸地帯で待ち受けているドイツ軍の攻撃を弱めて上陸部隊を助けるために、絶対に飛行機の上空支援は必要だったし、あんまり天気が悪いと艦艇も転覆するし(笑)。
そして1944年の冬はともかくとして、春になっても、4月になっても5月になっても連合国が動く気配がなかったのは、ひとつにはソ連に対するイヤガラセもあっただろうが(笑)、単に季節がいつだろうと天候の悪い時にはいつでも悪いという、ドーバー(というかイギリス)特有の天候のせいもあっただろう。しかしちんたらしているうちに、6月に入ってもまだ低気圧が接近中で悪天候続きという、何だかいやな状況になってしまった。
ここでドイツ側は思ったわけだ。何もこんな天気の時に好きこのんで来るバカはいないだろうと。ここまで引き伸ばしているわけだから、いまさらあわてて来ることもないだろうし、普通はこんな悪天候に飛行機を飛ばすなんて自殺行為はしないだろうと、実に常識的に判断したわけだ。そして現場の総司令官のロンメルも、その運命の日・6月6日は妻の誕生日を祝うため故郷に帰省してしまっていた。
一方連合国(というかイギリス)はというと。
一応その時点で、アイゼンハウアーは作戦決行日を6月5日と決めていた。悪天候のため、結局延期せざるを得なくなったわけだが。しかし、しつこいようだが、イギリス人は生まれた時からイギリスの悪天候には慣れているわけだ。それでも一応
聖職者に雨晴らしのお祈りをさせたり
していたようだが、その甲斐があったのか(笑)、悪天候続きの中で6月6日に一瞬晴れ間がのぞくだろうという予測を空軍の気象予報部が出してきた。
しかし、あくまで一時的な晴れ間だからね。完全にピーカン照りになるということではないので、普通ならもう少し様子を見るだろう。何たって、一世一代の史上最大の作戦という重大イベントなのだから。ついでにこれ、あくまで「予報」なんですよ、「予報」。
それなのに、イギリス空軍は大丈夫だ飛行機飛ばせると思ったようだ。
それにつられたのか巻き込まれたのか、アイゼンハウアーまでもが作戦決行を決意。かくして6月6月午前零時、まずドイツ軍を阻止するための空挺部隊を乗せた飛行機がイギリスを飛び立った。これが史上最大の作戦こと「オーバーロード作戦」、Dデイの始まりだった。
というわけで、以前の問題→作戦を成功させるためには飛行機を飛ばせる天候=晴れていてほしいというためにどうしたか、というやつの答えは、「無理矢理押し切った」でした(笑)。というか、天気が良くても悪くてもあんまし気にしていないというか、慣れているというか(笑)。なんという命知らずなイギリス空軍パイロット(笑)。いやでもイギリス人だから。ドイツ人の常識の範囲で考えないほうがいいという見本(笑)。
とりあえず問題の回答は済ませたところで(笑)、長くなるので今日はこのあたりで。
さて、いよいよ史上最大の作戦は大詰めだ。まずここまでの話を簡単に振り返ってみると、
1.上陸しに攻めていく場合、陸地(海岸地帯)で迎え撃たれると不利なので、作戦については知られないようにしなければならなかった。これについては、上陸地点も上陸日時もドイツにはつかませなかった連合国(というかイギリス)のスパイ大作戦勝ち(笑)。
2.できれば上陸地点にはドイツ軍がいない方がいいという点も、偵察機を飛ばしたり、パットン将軍の架空の部隊まで作ったり、あと単なるドイツ軍内部の内輪もめ(笑)のせいでまんまとカレーと思わせることに成功した。
その他、最大の障害(笑)ド・ゴール将軍については、したたかで人当たりのいいアイゼンハウアーを持ってくることで封じたし、残りは人知ではどうにもならないドーバーのかわいげのない(笑)悪天候のみが越えなければならないハードルだった。何しろ海岸地帯で待ち受けているドイツ軍の攻撃を弱めて上陸部隊を助けるために、絶対に飛行機の上空支援は必要だったし、あんまり天気が悪いと艦艇も転覆するし(笑)。
そして1944年の冬はともかくとして、春になっても、4月になっても5月になっても連合国が動く気配がなかったのは、ひとつにはソ連に対するイヤガラセもあっただろうが(笑)、単に季節がいつだろうと天候の悪い時にはいつでも悪いという、ドーバー(というかイギリス)特有の天候のせいもあっただろう。しかしちんたらしているうちに、6月に入ってもまだ低気圧が接近中で悪天候続きという、何だかいやな状況になってしまった。
ここでドイツ側は思ったわけだ。何もこんな天気の時に好きこのんで来るバカはいないだろうと。ここまで引き伸ばしているわけだから、いまさらあわてて来ることもないだろうし、普通はこんな悪天候に飛行機を飛ばすなんて自殺行為はしないだろうと、実に常識的に判断したわけだ。そして現場の総司令官のロンメルも、その運命の日・6月6日は妻の誕生日を祝うため故郷に帰省してしまっていた。
一方連合国(というかイギリス)はというと。
一応その時点で、アイゼンハウアーは作戦決行日を6月5日と決めていた。悪天候のため、結局延期せざるを得なくなったわけだが。しかし、しつこいようだが、イギリス人は生まれた時からイギリスの悪天候には慣れているわけだ。それでも一応
聖職者に雨晴らしのお祈りをさせたり
していたようだが、その甲斐があったのか(笑)、悪天候続きの中で6月6日に一瞬晴れ間がのぞくだろうという予測を空軍の気象予報部が出してきた。
しかし、あくまで一時的な晴れ間だからね。完全にピーカン照りになるということではないので、普通ならもう少し様子を見るだろう。何たって、一世一代の史上最大の作戦という重大イベントなのだから。ついでにこれ、あくまで「予報」なんですよ、「予報」。
それなのに、イギリス空軍は大丈夫だ飛行機飛ばせると思ったようだ。
それにつられたのか巻き込まれたのか、アイゼンハウアーまでもが作戦決行を決意。かくして6月6月午前零時、まずドイツ軍を阻止するための空挺部隊を乗せた飛行機がイギリスを飛び立った。これが史上最大の作戦こと「オーバーロード作戦」、Dデイの始まりだった。
というわけで、以前の問題→作戦を成功させるためには飛行機を飛ばせる天候=晴れていてほしいというためにどうしたか、というやつの答えは、「無理矢理押し切った」でした(笑)。というか、天気が良くても悪くてもあんまし気にしていないというか、慣れているというか(笑)。なんという命知らずなイギリス空軍パイロット(笑)。いやでもイギリス人だから。ドイツ人の常識の範囲で考えないほうがいいという見本(笑)。
とりあえず問題の回答は済ませたところで(笑)、長くなるので今日はこのあたりで。
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