『ダ・ヴィンチ~』はまだ募集中。でも今日はドイツ(ではまだないけど)。

まあW杯昨日というか今朝の日本対ブラジル戦については、どこかで書いている人がたくさんいるだろうから、省略。ただ一言言っておけば、熱狂するのはいいが、点を入れられなかったからと言って誰かを誹謗中傷するような態度は取るべきではないな。

というわけで、『ダ・ヴィンチ・コード』はネタというか疑問点提供があればいつでもやるが、今日からはW杯が終わらないうちに(笑)、第一次世界大戦の話を。いや昨日からしてますがね。ただ昨日は前置きが長くなりすぎて、話を始めるにいたらなかったわけで(笑)。今日は気を取り直してウィーン会議から

ウィーン会議(1814~15)は、昨日のナポレオン戦争の後始末のために開かれた会議。ところが昨日言ったように、ナポ君というのは盛大に地図を書き換えまくってくれたわけだ。例えば
1.この直前にロシア・プロイセン(ドイツの材料その1)・オーストリアで分割し地図から消えていたポーランドを「ワルシャワ大公国」として復活させた(ポーランドの元王女に色仕掛けで頼まれたからだという説もある)。
2.フィレンツェやらミラノやらパルマやらモデナやら教皇領やらといった都市国家や国がバラバラにひしめき合っていて統一国家などなかったイタリア半島をちょっと整理してそのひとつで兄弟を王様にした。
3.ドイツという国もまだなくて、代わりにあったのは「神聖ローマ帝国」という、何が神聖だかとくわからないし、大体ほぼ現在のドイツあたりにあったものなのにローマとはなにごと(いやローマ帝国の後継者って意味なんですがね)。ところがこれは統一国家ではなく、300強もの国やら自治都市やらがひしめきあっていた、いわば町内会のようなもので、その枠組み自体は宗教改革やら三十年戦争やらでほとんど意味がなくなっていたのだが、ハプスブルク家が何となく「神聖ローマ皇帝」というタイトルを持っていたというところです。それを解体した
4.フランスで第一帝政をはじめた(第一ということは第二もあるわけだ。フランス人てば何がしたいのか、この後もごちゃごちゃしている)。
その他にもいろいろやっているのだが、一応大きいところはこんなところで。

ところがこれを何とかしようというと、そう簡単にはいかないわけだ。それで「会議は踊る、されど進まず」というので小さな国の代表たちはウィンナワルツ踊っていて、大国も利害が衝突してなかなかうまくいかない。その間にロシア皇帝が恋のアヴァンチュールを楽しんでいたり。そりゃ、会議進まないって、とっとと仕事しろ!!(笑)。ところがそこへナポ君がエルバ島を脱出してきた、というので、みんな贅沢言ってる場合じゃないことを悟り、とっとと結論に向かった、というわけだが。このウィーン会議での取り決めをまとめたものをウィーン議定書というのだが、その結果一番得した国と、一番損した国がいるわけだ。一番得したところはどこか? といえば、そりゃ自国は荒らされてないにもかかわらずちゃっかり取り分を掠め取っているイギリスかもしれないが(笑)、あの国は何事においても例外なので脇へ避けておいて。それ以外に、といえば、これはフランスである。何しろ自分とこのナポレオンが仕掛けた戦争でみんな多大な迷惑をこうむったわけなのに、「いやあ、ナポレオンのことは、あれはいわゆる異常事態っていうか、災害みたいなものだよ。だから全部その前に戻して終わりってことにしないかい、シルブプレ~?」(脳内映像は、ジダンはそもそもフランス人ではないので、適当なイヤミなフランス人を(笑))と口先三寸で丸め込み、誰にも何にもツケを払わなかった。では一番損した国はどこかといえば、これはドイツ。というか、現在の「ドイツ」という国はまだないので、この後ドイツ統一の中心となった国、プロイセン(バルト海に面したポーランドの隣にある地域)で見ていこう。脳内映像はカーンでお願いします(厳密にいえばカーンはドイツ南部の出身らしいので、北部のプロイセンを当てるのは正しくないのだが、そのあたりはまあご容赦を)。

カーンはがんばった。とにかくがんばった。ナポレオンをやっつけるために、一度は敗北を喫しながらも地道にしぶとくがんばった。国力の差を見せつけられれば(当時はエルベ川の東はど田舎ど辺境扱い。あながち間違ってないというか、確かに遅れていた)、「富国強兵殖産興業!!」と産業を保護したり、それを担う人材育成というのでベルリン大学を作ったり(というわけでこちらも実は創立200年と少しのものすごく新しい大学なのであった)と、いかにもドイツ人らしく計画的にがんばった。これが例えば血の気の多いラテン系だと、後先考えず突っ走るところが、ドイツ人だからじっと耐えながら計画を立ててがんばった。時には「フランスをやっつけるためには一致団結、愛国心だ!!」とみんなを鼓舞しながら、カーンはがんばった。そして時は来た!! というのでまずライプチヒの諸国民戦争でナポレオンを倒し、さらに起き上がってきたところをワーテルローでトドメをさした。まあもちろんイギリスやオランダや他の国と一緒にやったわけだが、それでもカーンがその中でとてもとてもがんばったことは事実だ。「これでMVP間違いなしだな」と思ったらば、フランスの横槍でなかったことにされ(プロイセンは要求した領土をほとんどもらえなかった)、しかもせっかく統一に傾いたドイツはもう一度「ドイツ連邦」という、EUよりもまとまってない枠組みに戻され、要するにことごとく報われなかったわけだ。というので「おのれフランス人!! てめえ、今に見てろよ!!」とドイツは再びリベンジを決意する。で、ドイツ人が何かこうすると決めた時は、ラテン系と違って、まずじっくり計画を立てるし、しぶとく好機を待つ。この後カーンはじっくり立てた計画表に沿って、リベンジを決行していくわけだが。

一方、イタリアもバラバラな状態に戻ってしまった。しかもどうせバラバラだからといって、北部をオーストリア領に持ってかれたりした。このあたり、ウィーン議定書というのは「大国間だけとりあえず公平にやろうね」というわけで、オーストリアは代わりにオランダにベルギーをあげているわけだ(代わりにオランダはイギリスに海外植民地をあげている。だから何故ここにイギリスが?(笑))。それでイタリア人もキレた脳内映像は、「ローマの王子様」らしいので、トッティで。この人も天然だという噂のわりにキレやすいしな)。「何で俺たちだけそんなわりを食うわけ? 一体どうなってるのさ、おかしいよ審判!!」(オーバーアクションで身振りを交えて)。というわけで、イタリア人も自力救済のリベンジを決行するわけだが。ただし、このドイツ(というかプロイセンのカーン)とイタリア(トッティ)を比べてみると、ものすごく国民性がわかる。すごくよくわかる(笑)。

というわけでそのカーンとトッティの話を、と思ったらば、この後が長いのだよ。というわけで、とりあえず今日はここまで。あ、ポーランドはどうなったかって? それは、勝手にとはいえ一度「ワルシャワ大公国」なんて作ってしまったもので、また分割もできないや、とそのまま「ポーランド王国」として残されました。ただしその国王はロシア皇帝が兼ねるということになっていたので、実質ロシア領。だからロシアもご褒美をもらったというのに「何故俺には何もない!!」(カーン)。「俺にだってないぜ」(トッティ)。「馬鹿やろう、てめえと一緒にするな!! イタリアはナポレオン対抗戦で何も活躍してねえじゃねえか!!」(カーン)。

いや本当に、今日はここまで(笑)。

"『ダ・ヴィンチ~』はまだ募集中。でも今日はドイツ(ではまだないけど)。" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント