そういえば今EURO2012をやっていて。
イングランドとフランスが同じグループなのだが。何というか、まさに英仏戦争(笑)。
それはさておき、本日も昨日の続きで映画の話。
何だか日本ワニにUK版があったので、貼りつけておく。日本版DVDはまだ発売にはならないみたいだし。
ちなみにUK版のDVDは、リージョンコードは日本と同じだが映像の出力方式だか何だかが日本と違うらしく、DVDレコーダーでは再生できません。パソコンなら視聴可能。
それはさておき、日本公開時のタイトルが「裏切りのサーカス」という、何故こんなタイトルにしたという「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。
確か昨日は、繰り返しになるが何故こんな邦題にしたと言いまくり、ついでそのタイトルに騙されたのかベルリンの壁を知らないような若いカップルが多分勘違いして観に来ていてさっぱりわからな~いとぼそぼそうるさかったので、もう少しでHCで撲殺するところだったという話までしたんでしたっけ。
それで一応昨日ちらっとネットを見てみると、「1度観ただけではわからない」「わかりにくい」「原作を読んでからの方がいいんじゃないか」という感想がわりと見受けられたんですね。
私は別にそんなことなかったのだが。あ、ちなみに言っておくと、確かに私は原作を読んだ。はず。しかしこの「はず」というのがミソで、何しろ読んだのが大分前という上に、肝心の邦訳本(ハヤカワの旧版)が何故か今手元にないので読み返せないので、肝心の話はおぼろげにしか覚えていなかったというか、別の話と混じって覚えていたというか、映画を見たら何となく思い出したけどほとんど予備知識はない状態で観たも同然という(笑)。
まあ確かに映画は、現在と過去を行ったり来たりしていて、もしかするとそこが少しわかりづらかったのかもしれん。しかし記憶を発掘した限りでは、原作もそうだったはず。
というか、そもそも確かにこの映画はあらすじとしては「イギリス情報部(サーカス)内にいるソ連の二重スパイ(もぐら)=裏切り者を探す」という話ではあるのだが、物語の主眼はそこではないと思う。だからそれを期待していると、「わかりにくい」ということになるんじゃないかと。
例えばハリウッド映画なら、あるいは邦画なんかでも、この「組織内の裏切り者を探す」という話は、主人公の組織がミッションに失敗、主人公が責任を取る形で組織を追われる→失意の日々を送る主人公だったが、実は組織内に裏切り者がいたことがわかる→主人公が裏切り者を突き止めようとする→ついに裏切り者を突き止めたところで、「何故裏切った!!」とか「まさかお前が!!」とか大いに驚いて、それに対して相手が裏切った理由とか、実はあの時こうやってお前を罠にはめてやったんだとか得意そうに語ったあげく、主人公と対決→派手なアクションの末に悪者を倒しました、めでたしめでたし、と細部は異なっても大体こんなパターンになると思う。
別にそれが悪いと言ってるんじゃないですよ。すっきりわかりやすいエンタテインメントはハリウッドの持ち味だし、ある意味安心して観られるじゃないですか。こういう映画なら例えば若いカップルがデートで観ても「面白かったね」「ドキドキしたね」と楽しめると思う。
しかしこの映画は全くそういう映画ではないので、上記のような展開(まあ派手なアクションがないことだけはちゃんと明記してあるので、それ以前までの流れというか)を期待していると確かにわかりにくいと思われる。
ついでに「原作を読んでから観た方が」と言うが、原作を読んでも同じだと思う。この映画、まあ尺の関係で細部はちょこちょこ変更されているような気がするのだが(記憶に照らし合わせる限り)、それでもかなり原作に忠実にできていると思う。どこか翳りを帯びた画面の質感も70年代が舞台という映画の雰囲気にとっても合っていたし。
大体ル・カレの小説自体が、そういうわかりやすいスパイ・アクションではない。確かにル・カレは元スパイで、その実体験をふまえて小説を書いてはいるが、イアン・フレミング(007)とは芸風が違う。というか、詳しくは知らんのだが、どうもイギリスの情報部内でもル・カレのようなオックスブリッジでスカウトされました系と、イアン・フレミングやジェイムズ・ボンドのような軍人系とはちょっと領分が違うようなんですよね。そもそもイアン・フレミングは第二次大戦中に敵地に潜入してナチの高官を誘拐してきましたというような、それこそ007みたいなことをやっていたわけだし、ル・カレはどちらかというと東側の人間を転向させてこちらのスパイにしたり、あるいは組織内の二重スパイの調査をしたりということをやっていたらしいし。
だがどちらかというと、その「二重スパイを探す」というのは確かに物語の縦糸ではあるのだが、小説も映画も主に描きたいのはそれ以外の部分ではないかと。
例えば、映画ではたびたび回想シーンで組織の古き良き時代の情景が差し挟まれ、登場人物が「あの頃はよかった」と口にしたりする。一方映画の舞台は70年代。70年代のイギリスといえば、「マーガレット・サッチャー」でも描かれていたように「英国病」と呼ばれる経済の停滞の真っ只中ですよ。イギリスの国力が衰退の一途をたどっている時代なわけだ。国際情勢的には、冷戦は60年代にキューバ危機まで行ったもののその後一時デタント寄りに、しかし69年にベルリンの壁ができてまた緊張状態になっているのだが、この冷戦の舞台で主役を務めているのはもはやイギリスではなくアメリカとソ連ですよね。イギリスはもはや斜陽の大英帝国という。
そしてスマイリーは多分その斜陽の大英帝国に属する人間だと思う。
イギリスの情報機関といえば、今でこそ新聞やネットでスパイを堂々と募集するような、ネジが2、3本飛んじゃってるような組織(いや、一応褒め言葉(笑))になっているが、19世紀末の頃には上流階級の子弟らが愛国心とノブレス・オブリージュを片手に大陸ヨーロッパで「グレート・ゲーム」と称してスパイ活動を行なっていたりしていて、その伝統を受け継いでというか、その後もパブリック・スクール出やオックスブリッジ出の人材をスカウトしてきているわけです。映画でも、70年代といえばデモやらストライキやらの嵐が吹き荒れていた時代だというのに、そういった描写は一切なく、サーカスの面々はほとんどがポール・スミス協力の仕立ての良いスーツに身を包んだいかにもパブリック・スクールとかオックスブリッジ出の人たちという感じ(もちろん全員が全員そうではないのだが)。で、多分そういった人々は、愛国心だかノブレス・オブリージュだかの紳士の伝統だかでスパイの世界に身を投じているのだろうけど、これまたイギリス人は、というかイギリス紳士ははっきりと感情を表わすのをよしとしないので、そのあたりもずばりと口にされているわけでもない。しかし70年代以降、そういった価値観というのは揺らいでしまっていると思う。でもいまだにそういった価値観を持ち続けているのがスマイリーなのではないかと。
大体その前の60年代にイギリスでは有名な二重スパイのキム・フィルビー事件が起こっているのだが、イギリス人って二重人格というか、パレスチナ問題のような三枚舌外交は平気でしたりするというのに、上記のような紳士のみなさんがスパイをやっているからか、スパイの仕事だというのに何故かしらどこかスポーツマンシップというか、騎士道精神というか、高潔さというか、そんなものを求めがちなところがあると言いましょうか。だから映画の中で、実動部隊としてちょっと汚い仕事もする「首狩り人(スカルプハンター)」というのが出てくるのだが、そこの責任者みたいな仕事をしているギラムが左遷されてこの地位にいるみたいな描かれ方をしているのはそういうわけです。ついでに「仲間の中に二重スパイの裏切り者がいる」とか「それを仲間には秘密でこそこそかぎまわる」というと、単に裏切り者がいたという以上にショックなところがあるんじゃないかなあ。
ついでにスマイリーが二重スパイ探しの仕事を引き受けたのは、別に愛国心からでもないと思う。映画の中ではソ連のスパイとの対話の中で自分は相手と似た者同士と語っていたりするし、裏切り者探しも別に組織にものすごく愛着や忠誠心があってやっているわけでもない、単に自分の時代の置き土産だからとやっているようなものだし。組織を救いたいという気持ちも全くないわけではないだろうが、もう古き良き時代がイギリスごと沈みつつあるのはわかっているようだし、おまけに二重スパイの候補として絞られているのはみんな自分の元同僚や友人。まあ仲がいいかというとそうとも限らないというか、野心家がいたり、奥さんに手を出した奴がいたり。でも登場人物の1人が「悪い結果ならもう来ないで。思い出をとっておきたい」みたいなことを言うわけだが、多分スマイリーにも同じ気持ちはあると思う。それでもやらなければならないという。
だから二重スパイを見つけたところで、やり遂げたという達成感やカタルシスというのはないんですよね。単に「二重スパイを見つける」という話だと思っていると、そのあたりはもやもや感が残るんじゃないかと。
さらにいえば、イギリス紳士たるものはみだりに感情をあらわにするべきではないというか、スマイリーもそのあたりの感情をはっきり言葉にはしていないんですよね。もちろん小説では地の文である程度心情を吐露していたかと思うのだが、映画ではそういう手段は使えない以上、ハリウッド的に全部台詞にしちゃうか、それ以外の見せ方をするしかない。それでスマイリー役がゲイリー・オールドマンときいて、わりとどちらかというと強烈な役の方が多いような印象だったので、ちょっと大丈夫かなと思ったのだが、最初から引き込まれましたよ。最初の方は全く台詞がないまま進むし、激しいボディランゲージも表情の変化もないというのに、何というのか孤独感ややるせなさのようなものが伝わってくるんですよ。まさにイギリス人のストイシズム。まさにアカデミー賞クラス(今年の主演男優賞にノミネートされてました)。あと些細なことだけど、原作だとスマイリーは小柄で風采の上がらない男だったので、オールドマンはそんなに小柄ではないし(調べてみたら175センチ)、どうだろうとも思ったのだが、隣にいるギラム役のベネディクト・カンバーバッチがさらに大きかったので全然大丈夫でした(笑)。というか、最初誰だか分らなかったですよ、あまりに印象ががらりと違うもので。その他昨年のアカデミー賞のコリン・ファースをはじめ、豪華イギリス俳優陣が脇を固めていて、何という贅沢な(笑)。みなさん言葉で全てを語らない演技がうまいなあ。
で、要するに一言で言えばあらすじ以外のそういう全体に漂う雰囲気にどっぷり浸ってじっくりと味わう映画ですよね、これは。
だからベルリンの壁もソ連も知らないお子様が女子供連れで観に行く映画ではないという(笑)。ホラーが苦手という人がホラー映画を観に行ったりしないと同じです。
だから万人におススメできるかというとそういう映画ではないと思うのだが、私個人としては現時点で今年1番のおススメ映画。何なら昨年1年間分を足して入れてもいい。
それにしても原作(ハヤカワ旧版)が行方不明というのは、誰かに貸したまま帰ってこないのか、それとも物々交換で借りて読んだから手元にないのか。う~ん、映画化に合わせて新訳版が出たのでそっちでもう一度読み直すか、それとも原書で読みなおすか。とりあえず再読しないとなあ。
というわけで今日はこのあたりで。
それはさておき、本日も昨日の続きで映画の話。
何だか日本ワニにUK版があったので、貼りつけておく。日本版DVDはまだ発売にはならないみたいだし。
ちなみにUK版のDVDは、リージョンコードは日本と同じだが映像の出力方式だか何だかが日本と違うらしく、DVDレコーダーでは再生できません。パソコンなら視聴可能。
それはさておき、日本公開時のタイトルが「裏切りのサーカス」という、何故こんなタイトルにしたという「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。
確か昨日は、繰り返しになるが何故こんな邦題にしたと言いまくり、ついでそのタイトルに騙されたのかベルリンの壁を知らないような若いカップルが多分勘違いして観に来ていてさっぱりわからな~いとぼそぼそうるさかったので、もう少しでHCで撲殺するところだったという話までしたんでしたっけ。
それで一応昨日ちらっとネットを見てみると、「1度観ただけではわからない」「わかりにくい」「原作を読んでからの方がいいんじゃないか」という感想がわりと見受けられたんですね。
私は別にそんなことなかったのだが。あ、ちなみに言っておくと、確かに私は原作を読んだ。はず。しかしこの「はず」というのがミソで、何しろ読んだのが大分前という上に、肝心の邦訳本(ハヤカワの旧版)が何故か今手元にないので読み返せないので、肝心の話はおぼろげにしか覚えていなかったというか、別の話と混じって覚えていたというか、映画を見たら何となく思い出したけどほとんど予備知識はない状態で観たも同然という(笑)。
まあ確かに映画は、現在と過去を行ったり来たりしていて、もしかするとそこが少しわかりづらかったのかもしれん。しかし記憶を発掘した限りでは、原作もそうだったはず。
というか、そもそも確かにこの映画はあらすじとしては「イギリス情報部(サーカス)内にいるソ連の二重スパイ(もぐら)=裏切り者を探す」という話ではあるのだが、物語の主眼はそこではないと思う。だからそれを期待していると、「わかりにくい」ということになるんじゃないかと。
例えばハリウッド映画なら、あるいは邦画なんかでも、この「組織内の裏切り者を探す」という話は、主人公の組織がミッションに失敗、主人公が責任を取る形で組織を追われる→失意の日々を送る主人公だったが、実は組織内に裏切り者がいたことがわかる→主人公が裏切り者を突き止めようとする→ついに裏切り者を突き止めたところで、「何故裏切った!!」とか「まさかお前が!!」とか大いに驚いて、それに対して相手が裏切った理由とか、実はあの時こうやってお前を罠にはめてやったんだとか得意そうに語ったあげく、主人公と対決→派手なアクションの末に悪者を倒しました、めでたしめでたし、と細部は異なっても大体こんなパターンになると思う。
別にそれが悪いと言ってるんじゃないですよ。すっきりわかりやすいエンタテインメントはハリウッドの持ち味だし、ある意味安心して観られるじゃないですか。こういう映画なら例えば若いカップルがデートで観ても「面白かったね」「ドキドキしたね」と楽しめると思う。
しかしこの映画は全くそういう映画ではないので、上記のような展開(まあ派手なアクションがないことだけはちゃんと明記してあるので、それ以前までの流れというか)を期待していると確かにわかりにくいと思われる。
ついでに「原作を読んでから観た方が」と言うが、原作を読んでも同じだと思う。この映画、まあ尺の関係で細部はちょこちょこ変更されているような気がするのだが(記憶に照らし合わせる限り)、それでもかなり原作に忠実にできていると思う。どこか翳りを帯びた画面の質感も70年代が舞台という映画の雰囲気にとっても合っていたし。
大体ル・カレの小説自体が、そういうわかりやすいスパイ・アクションではない。確かにル・カレは元スパイで、その実体験をふまえて小説を書いてはいるが、イアン・フレミング(007)とは芸風が違う。というか、詳しくは知らんのだが、どうもイギリスの情報部内でもル・カレのようなオックスブリッジでスカウトされました系と、イアン・フレミングやジェイムズ・ボンドのような軍人系とはちょっと領分が違うようなんですよね。そもそもイアン・フレミングは第二次大戦中に敵地に潜入してナチの高官を誘拐してきましたというような、それこそ007みたいなことをやっていたわけだし、ル・カレはどちらかというと東側の人間を転向させてこちらのスパイにしたり、あるいは組織内の二重スパイの調査をしたりということをやっていたらしいし。
だがどちらかというと、その「二重スパイを探す」というのは確かに物語の縦糸ではあるのだが、小説も映画も主に描きたいのはそれ以外の部分ではないかと。
例えば、映画ではたびたび回想シーンで組織の古き良き時代の情景が差し挟まれ、登場人物が「あの頃はよかった」と口にしたりする。一方映画の舞台は70年代。70年代のイギリスといえば、「マーガレット・サッチャー」でも描かれていたように「英国病」と呼ばれる経済の停滞の真っ只中ですよ。イギリスの国力が衰退の一途をたどっている時代なわけだ。国際情勢的には、冷戦は60年代にキューバ危機まで行ったもののその後一時デタント寄りに、しかし69年にベルリンの壁ができてまた緊張状態になっているのだが、この冷戦の舞台で主役を務めているのはもはやイギリスではなくアメリカとソ連ですよね。イギリスはもはや斜陽の大英帝国という。
そしてスマイリーは多分その斜陽の大英帝国に属する人間だと思う。
イギリスの情報機関といえば、今でこそ新聞やネットでスパイを堂々と募集するような、ネジが2、3本飛んじゃってるような組織(いや、一応褒め言葉(笑))になっているが、19世紀末の頃には上流階級の子弟らが愛国心とノブレス・オブリージュを片手に大陸ヨーロッパで「グレート・ゲーム」と称してスパイ活動を行なっていたりしていて、その伝統を受け継いでというか、その後もパブリック・スクール出やオックスブリッジ出の人材をスカウトしてきているわけです。映画でも、70年代といえばデモやらストライキやらの嵐が吹き荒れていた時代だというのに、そういった描写は一切なく、サーカスの面々はほとんどがポール・スミス協力の仕立ての良いスーツに身を包んだいかにもパブリック・スクールとかオックスブリッジ出の人たちという感じ(もちろん全員が全員そうではないのだが)。で、多分そういった人々は、愛国心だかノブレス・オブリージュだかの紳士の伝統だかでスパイの世界に身を投じているのだろうけど、これまたイギリス人は、というかイギリス紳士ははっきりと感情を表わすのをよしとしないので、そのあたりもずばりと口にされているわけでもない。しかし70年代以降、そういった価値観というのは揺らいでしまっていると思う。でもいまだにそういった価値観を持ち続けているのがスマイリーなのではないかと。
大体その前の60年代にイギリスでは有名な二重スパイのキム・フィルビー事件が起こっているのだが、イギリス人って二重人格というか、パレスチナ問題のような三枚舌外交は平気でしたりするというのに、上記のような紳士のみなさんがスパイをやっているからか、スパイの仕事だというのに何故かしらどこかスポーツマンシップというか、騎士道精神というか、高潔さというか、そんなものを求めがちなところがあると言いましょうか。だから映画の中で、実動部隊としてちょっと汚い仕事もする「首狩り人(スカルプハンター)」というのが出てくるのだが、そこの責任者みたいな仕事をしているギラムが左遷されてこの地位にいるみたいな描かれ方をしているのはそういうわけです。ついでに「仲間の中に二重スパイの裏切り者がいる」とか「それを仲間には秘密でこそこそかぎまわる」というと、単に裏切り者がいたという以上にショックなところがあるんじゃないかなあ。
ついでにスマイリーが二重スパイ探しの仕事を引き受けたのは、別に愛国心からでもないと思う。映画の中ではソ連のスパイとの対話の中で自分は相手と似た者同士と語っていたりするし、裏切り者探しも別に組織にものすごく愛着や忠誠心があってやっているわけでもない、単に自分の時代の置き土産だからとやっているようなものだし。組織を救いたいという気持ちも全くないわけではないだろうが、もう古き良き時代がイギリスごと沈みつつあるのはわかっているようだし、おまけに二重スパイの候補として絞られているのはみんな自分の元同僚や友人。まあ仲がいいかというとそうとも限らないというか、野心家がいたり、奥さんに手を出した奴がいたり。でも登場人物の1人が「悪い結果ならもう来ないで。思い出をとっておきたい」みたいなことを言うわけだが、多分スマイリーにも同じ気持ちはあると思う。それでもやらなければならないという。
だから二重スパイを見つけたところで、やり遂げたという達成感やカタルシスというのはないんですよね。単に「二重スパイを見つける」という話だと思っていると、そのあたりはもやもや感が残るんじゃないかと。
さらにいえば、イギリス紳士たるものはみだりに感情をあらわにするべきではないというか、スマイリーもそのあたりの感情をはっきり言葉にはしていないんですよね。もちろん小説では地の文である程度心情を吐露していたかと思うのだが、映画ではそういう手段は使えない以上、ハリウッド的に全部台詞にしちゃうか、それ以外の見せ方をするしかない。それでスマイリー役がゲイリー・オールドマンときいて、わりとどちらかというと強烈な役の方が多いような印象だったので、ちょっと大丈夫かなと思ったのだが、最初から引き込まれましたよ。最初の方は全く台詞がないまま進むし、激しいボディランゲージも表情の変化もないというのに、何というのか孤独感ややるせなさのようなものが伝わってくるんですよ。まさにイギリス人のストイシズム。まさにアカデミー賞クラス(今年の主演男優賞にノミネートされてました)。あと些細なことだけど、原作だとスマイリーは小柄で風采の上がらない男だったので、オールドマンはそんなに小柄ではないし(調べてみたら175センチ)、どうだろうとも思ったのだが、隣にいるギラム役のベネディクト・カンバーバッチがさらに大きかったので全然大丈夫でした(笑)。というか、最初誰だか分らなかったですよ、あまりに印象ががらりと違うもので。その他昨年のアカデミー賞のコリン・ファースをはじめ、豪華イギリス俳優陣が脇を固めていて、何という贅沢な(笑)。みなさん言葉で全てを語らない演技がうまいなあ。
で、要するに一言で言えばあらすじ以外のそういう全体に漂う雰囲気にどっぷり浸ってじっくりと味わう映画ですよね、これは。
だからベルリンの壁もソ連も知らないお子様が女子供連れで観に行く映画ではないという(笑)。ホラーが苦手という人がホラー映画を観に行ったりしないと同じです。
だから万人におススメできるかというとそういう映画ではないと思うのだが、私個人としては現時点で今年1番のおススメ映画。何なら昨年1年間分を足して入れてもいい。
それにしても原作(ハヤカワ旧版)が行方不明というのは、誰かに貸したまま帰ってこないのか、それとも物々交換で借りて読んだから手元にないのか。う~ん、映画化に合わせて新訳版が出たのでそっちでもう一度読み直すか、それとも原書で読みなおすか。とりあえず再読しないとなあ。
というわけで今日はこのあたりで。

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この記事へのコメント
よって、読む前にみようと思います。
で、DVDですが、そうそう、テレビの規格が違うんですよね、たしか…。
レン・デイトンとか冷戦時代のスパイもの、結構読んだはずなんですが、記憶があいまい。
あ、パンプキンさまもご覧になったら是非感想を。