大きければいいというものでもないですねえ。
ローマ帝国といい、宇宙船といい(笑)。
こちらは今週打ち上げ予定のロシアの宇宙船「ソユーズ」。まあロシアというか、この場所自体はカザフスタンのバイコヌールなんですけど。
こうしてみると大きいは大きいですけど、スペースシャトルに比べたらシンプルというか、小型ですよねえ。まあソユーズの基本コンセプトは最初に打ち上げた時からほとんど変わっていないらしいので、その後に登場したシャトルに比べたらちょっと古く小さく見えても仕方がないのかもしれませんが。もっともソユーズは1回ずつ使い捨て構造なので、機体自体はその都度最新らしいんですが。
という本日は、かなり面倒くさいゾーンに突入しているローマ話ということで(笑)。
五賢帝時代の繁栄を謳歌していた頃から100年も経ってないのに3世紀のローマは経済ガタガタ・政治は皇帝がダメダメだったり暗殺されたり続きでボロボロ・肥大した軍はいうことを聞かないし各地で反乱も相次ぎ、加えて国境地帯では北方のゲルマン民族、西方のササン朝ペルシアの侵入という、内憂外患のオンパレードな「3世紀の危機」状態に陥っていたわけですが。
そこへもってきて軍が好き勝手に皇帝を擁立する「軍人皇帝時代」に突入して(まあその前も軍は好き勝手やってましたけど)ますます収拾がつかない状態に。
さて前回、対ササン朝ペルシア戦のどさくさまぎれに皇帝ゴルディアヌス3世がよくわからないうちに死亡した後(って、仮にも一国の皇帝がどういう状況で死んだのかわからないというのは異常ですよねえ)、どさくさまぎれに皇帝になったのが親衛隊長官をしていたフィリップス・アラブス。アラブ出身なのでアラブスとそのまんま。出自はよくわからないらしいです。一説によればこの人物が軍を扇動してゴルディアヌス3世を殺したとされているのだが、ローマにとって返すと元老院を懐柔、さらに大がかりな百年祭大競技というイベントを開催、珍しい動物を使った剣闘士の試合などを催したりしたのだが、一方で辺境地帯ではゲルマン人の侵入などが相次いでいたため軍から不平不満が続出、何人も皇帝を僭称して反乱を起こしたりしている。最終的にはドナウ方面軍の指揮官をやってたデキウスに敗れて死亡。イメージ的には地方の県会議員から国会議員に成りあがり、オリンピックやW杯の誘致活動などでマスコミにも注目されたりしたのに秘書の造反であえなく失脚した政治家って感じですかねえ。
そしてデキウス自身は、まあ野心がなかったわけでもないでしょうけど、どちらかというと軍団に担ぎあげられて皇帝になった人なのだが、ひとまずは元老院も軍もこれを承認し、デキウス自身も「戦闘には勇敢、平時にあっては温厚、古代道義の鑑ともいうべき名君」(ギボン)という人だったので、ようやくローマもいったん落ち着いた、かに見えたのだが。
しかしローマがこんなガッタガタの状況だと、それは周辺異民族からしたら侵入する絶好のチャンスですよ。というわけで、ドナウ方面の現在のルーマニア付近にゲルマン民族の一派ゴート族が侵入、ローマ人の都市を荒らしまわった。で、ローマ人というのは大変プライドの高い民族で、いったんローマ帝国のものになった土地は未来永劫ローマのもの、ローマの国境線は1ミリたりとも後退しないし異民族に荒らさせやしないと思ってる人々なので、ゴート族の侵入にブチ切れたデキウスは討伐に出かけたのだが、何とあえなく戦死。まあそれはそうだ、こんな規律の緩みきったローマ軍じゃ、ゴート族=元々スカンジナビア半島にいたらしい民族ということは現在の北欧人のような図体のでかい巨人軍団に勝てませんよね。ちなみにローマ皇帝として初めて異民族に殺された皇帝だそうだ。イメージ的にはフットボールの国際試合の後フーリガンと化した図体のでかい北部ヨーロッパ系の若者をたしなめようとしたら返り討ちにあっちゃったイタリア紳士、という感じか。
そしてデキウスの死後ドナウ方面軍によって皇帝に担ぎあげられたのがトレボニアヌス・ガルス。元老院階級の名門出身でデキウスの信頼もあつく、このあたりの総督をやってた人物らしい。このガルスが皇帝になってやった最初のことは当然上の対ゴート戦争の後始末なわけだが、これをちょっとしくじっちゃったわけなんですね。この人自身は軍人ではないし、これ以上戦争を続けるのは無理だと思ったのか和平を結び、ローマ領内に侵入しないという条件付きでゴート族に毎年多額の金品を贈ることを約束したのだが、これにプライドの高いローマ人がブチ切れた。ついでにたまたまローマで疫病が発生したり、おまけに和平を結んだはずなのにその後もゴート族の侵入は止まず、さらに西方ではササン朝ペルシアまで侵入という状況に軍がアエミリアヌスという人物を皇帝に担ぎあげて反乱、これを討伐しようと出向いて行った先でガルスは自軍の手で殺されてしまう。イメージ的には領海侵犯や領土問題などに毅然とした対応を取れなくて国民のブーイングをかっちゃう政治家という感じ?
で、アエミリアヌスは、この人も出自がよくわからない人ですねえ。とりあえず反乱当時デキウスやガルスもいた、対ゴート族最前線のドナウ方面属州の総督をやってたらしいです。デキウスの死後元老院によって皇帝と認められたが、実はガルスは自ら対アエミリアヌス戦に赴く前に各地の軍に救援要請を行なっていたんですね。とはいえローマ帝国は広すぎるうえにこの当時飛行機も鉄道もないものだから間に合わなかったんですが、この救援要請に行っていた人物がガルスの死後も忠実にアエリミアヌスを討とうと軍を連れて戻ってきた。それを見て勝ち目なしと悟った軍の手によってアエリミアヌスは殺されてしまう。在位3ヶ月。どうもイメージがつかみにくいですが、あえて無理矢理考えるなら、前の首相が不祥事で辞任した後タナボタで首相になったけど、人気がなくて短期政権に終わりました。という感じ?
そしてアエリミアヌスの死後、珍しく軍に擁立されたわけでもなく、このアエリミアヌスを破った(というか自滅だけど)人物が皇帝となる。それがウァレリアヌス。この人は「軍人皇帝時代」と一言で済ませられることの多いこの時代の皇帝の中で唯一個人名までしっかり出てくることの多い人ですよねえ。まああんまりいい意味でではないんですが。
といっても奇人変人悪い皇帝ということではなくて、この人自身はむしろその逆で、「温厚だが、一点汚れのない私生活、また学識、智慮、経験ということもあり、ひろく元老院や人民からの尊敬をかちえていた」「もし人々が自由にその主君を選ぶことを許されたならば、絶対間違いなく彼を選んだだろう」(ギボン)という人物。この時60歳という、当時の基準からすると高齢だったわけだが、上であげたやっぱり人間ができている系の皇帝デキウスが復活させた監察官(ケンソル)など要職を歴任していたし、何事もなかったらそれなりにいい治世を築いていたかもしれないんですけどね。
で、アエリミアヌスを破って内政は落ち着いたと言っても、その前のガルスの時代から続いているゴート族・ササン朝ペルシアの侵入という外敵の問題はまだ残っていたわけだ。
ちなみにウァレリアヌスは息子を共同皇帝に据え、主に帝国の東方を息子が、西方をウァレリアヌスが担当するという形をとっていたので、メソポタミアからシリアへと侵入してきたササン朝ペルシアを討伐するべく西方へ向かうのだが、エデッサでの会戦で何とウァレリアヌスはササン朝ペルシアの捕虜になってしまった。ちなみにローマ皇帝が異民族の捕虜になったというのは歴史上はじめてのこと。
まあそれはですね~、ここまでガッタガタになっているローマ軍じゃ、ササン朝ペルシアには勝てませんよ。ササン朝ペルシアはこのちょっと前にパルティアを滅ぼして建国されたばかりで、この時ちょうど2代目のシャープール1世の時代だったのだが、7歳の時から騎馬と射術の腕を教え込まれ、長く苦しい巻狩りなどをたびたび行って克己心を叩き込まれていたとか、各地方総督は独自の軍事訓練所を設けて王から下賜される封土と引き換えの軍務奉仕に備えていたとかいう話を見ると、好き勝手並べたててすっかり甘やかされていたローマ軍が勝てるはずがないですよねえ。
結局捕虜になったウァレリアヌスがその後どうなったのかはわかりません。とりあえずウァレリアヌスを降伏させているシャープール1世の巨大な浮彫というのが現在残っていて、どうもペルシアに連行されたらしいんですが、その後についてはシャープールが民衆の前でさらしものにしたとか、常に傍に連れていて馬に乗る時にウァレリアヌスを踏み台代わりに使ったとか、ウァレリアヌスが病死した後も遺体に藁を詰めて見世物にしていたとか、あるいは皮剥ぎの刑にされたという説もあります。でもどれが本当のことだかわからないという。まるで冷戦時に鉄のカーテンの向こうに連れ去られちゃってそのまま消息不明になってしまった西側外交官みたいな感じ。
しかしこれで前回の時点から10年ちょっとしか進んでないんですよね、何この混乱ぶり。大体皇帝がフーリガン、じゃなかったゲルマン民族に殺されるわ、ペルシアの捕虜になっちゃうわ、弱体ぶりも凄まじいというか、トラヤヌスとハドリアヌスが化けて出てきそうだ(笑)。
というわけで今日はこのあたりで。
こちらは今週打ち上げ予定のロシアの宇宙船「ソユーズ」。まあロシアというか、この場所自体はカザフスタンのバイコヌールなんですけど。
こうしてみると大きいは大きいですけど、スペースシャトルに比べたらシンプルというか、小型ですよねえ。まあソユーズの基本コンセプトは最初に打ち上げた時からほとんど変わっていないらしいので、その後に登場したシャトルに比べたらちょっと古く小さく見えても仕方がないのかもしれませんが。もっともソユーズは1回ずつ使い捨て構造なので、機体自体はその都度最新らしいんですが。
という本日は、かなり面倒くさいゾーンに突入しているローマ話ということで(笑)。
五賢帝時代の繁栄を謳歌していた頃から100年も経ってないのに3世紀のローマは経済ガタガタ・政治は皇帝がダメダメだったり暗殺されたり続きでボロボロ・肥大した軍はいうことを聞かないし各地で反乱も相次ぎ、加えて国境地帯では北方のゲルマン民族、西方のササン朝ペルシアの侵入という、内憂外患のオンパレードな「3世紀の危機」状態に陥っていたわけですが。
そこへもってきて軍が好き勝手に皇帝を擁立する「軍人皇帝時代」に突入して(まあその前も軍は好き勝手やってましたけど)ますます収拾がつかない状態に。
さて前回、対ササン朝ペルシア戦のどさくさまぎれに皇帝ゴルディアヌス3世がよくわからないうちに死亡した後(って、仮にも一国の皇帝がどういう状況で死んだのかわからないというのは異常ですよねえ)、どさくさまぎれに皇帝になったのが親衛隊長官をしていたフィリップス・アラブス。アラブ出身なのでアラブスとそのまんま。出自はよくわからないらしいです。一説によればこの人物が軍を扇動してゴルディアヌス3世を殺したとされているのだが、ローマにとって返すと元老院を懐柔、さらに大がかりな百年祭大競技というイベントを開催、珍しい動物を使った剣闘士の試合などを催したりしたのだが、一方で辺境地帯ではゲルマン人の侵入などが相次いでいたため軍から不平不満が続出、何人も皇帝を僭称して反乱を起こしたりしている。最終的にはドナウ方面軍の指揮官をやってたデキウスに敗れて死亡。イメージ的には地方の県会議員から国会議員に成りあがり、オリンピックやW杯の誘致活動などでマスコミにも注目されたりしたのに秘書の造反であえなく失脚した政治家って感じですかねえ。
そしてデキウス自身は、まあ野心がなかったわけでもないでしょうけど、どちらかというと軍団に担ぎあげられて皇帝になった人なのだが、ひとまずは元老院も軍もこれを承認し、デキウス自身も「戦闘には勇敢、平時にあっては温厚、古代道義の鑑ともいうべき名君」(ギボン)という人だったので、ようやくローマもいったん落ち着いた、かに見えたのだが。
しかしローマがこんなガッタガタの状況だと、それは周辺異民族からしたら侵入する絶好のチャンスですよ。というわけで、ドナウ方面の現在のルーマニア付近にゲルマン民族の一派ゴート族が侵入、ローマ人の都市を荒らしまわった。で、ローマ人というのは大変プライドの高い民族で、いったんローマ帝国のものになった土地は未来永劫ローマのもの、ローマの国境線は1ミリたりとも後退しないし異民族に荒らさせやしないと思ってる人々なので、ゴート族の侵入にブチ切れたデキウスは討伐に出かけたのだが、何とあえなく戦死。まあそれはそうだ、こんな規律の緩みきったローマ軍じゃ、ゴート族=元々スカンジナビア半島にいたらしい民族ということは現在の北欧人のような図体のでかい巨人軍団に勝てませんよね。ちなみにローマ皇帝として初めて異民族に殺された皇帝だそうだ。イメージ的にはフットボールの国際試合の後フーリガンと化した図体のでかい北部ヨーロッパ系の若者をたしなめようとしたら返り討ちにあっちゃったイタリア紳士、という感じか。
そしてデキウスの死後ドナウ方面軍によって皇帝に担ぎあげられたのがトレボニアヌス・ガルス。元老院階級の名門出身でデキウスの信頼もあつく、このあたりの総督をやってた人物らしい。このガルスが皇帝になってやった最初のことは当然上の対ゴート戦争の後始末なわけだが、これをちょっとしくじっちゃったわけなんですね。この人自身は軍人ではないし、これ以上戦争を続けるのは無理だと思ったのか和平を結び、ローマ領内に侵入しないという条件付きでゴート族に毎年多額の金品を贈ることを約束したのだが、これにプライドの高いローマ人がブチ切れた。ついでにたまたまローマで疫病が発生したり、おまけに和平を結んだはずなのにその後もゴート族の侵入は止まず、さらに西方ではササン朝ペルシアまで侵入という状況に軍がアエミリアヌスという人物を皇帝に担ぎあげて反乱、これを討伐しようと出向いて行った先でガルスは自軍の手で殺されてしまう。イメージ的には領海侵犯や領土問題などに毅然とした対応を取れなくて国民のブーイングをかっちゃう政治家という感じ?
で、アエミリアヌスは、この人も出自がよくわからない人ですねえ。とりあえず反乱当時デキウスやガルスもいた、対ゴート族最前線のドナウ方面属州の総督をやってたらしいです。デキウスの死後元老院によって皇帝と認められたが、実はガルスは自ら対アエミリアヌス戦に赴く前に各地の軍に救援要請を行なっていたんですね。とはいえローマ帝国は広すぎるうえにこの当時飛行機も鉄道もないものだから間に合わなかったんですが、この救援要請に行っていた人物がガルスの死後も忠実にアエリミアヌスを討とうと軍を連れて戻ってきた。それを見て勝ち目なしと悟った軍の手によってアエリミアヌスは殺されてしまう。在位3ヶ月。どうもイメージがつかみにくいですが、あえて無理矢理考えるなら、前の首相が不祥事で辞任した後タナボタで首相になったけど、人気がなくて短期政権に終わりました。という感じ?
そしてアエリミアヌスの死後、珍しく軍に擁立されたわけでもなく、このアエリミアヌスを破った(というか自滅だけど)人物が皇帝となる。それがウァレリアヌス。この人は「軍人皇帝時代」と一言で済ませられることの多いこの時代の皇帝の中で唯一個人名までしっかり出てくることの多い人ですよねえ。まああんまりいい意味でではないんですが。
といっても奇人変人悪い皇帝ということではなくて、この人自身はむしろその逆で、「温厚だが、一点汚れのない私生活、また学識、智慮、経験ということもあり、ひろく元老院や人民からの尊敬をかちえていた」「もし人々が自由にその主君を選ぶことを許されたならば、絶対間違いなく彼を選んだだろう」(ギボン)という人物。この時60歳という、当時の基準からすると高齢だったわけだが、上であげたやっぱり人間ができている系の皇帝デキウスが復活させた監察官(ケンソル)など要職を歴任していたし、何事もなかったらそれなりにいい治世を築いていたかもしれないんですけどね。
で、アエリミアヌスを破って内政は落ち着いたと言っても、その前のガルスの時代から続いているゴート族・ササン朝ペルシアの侵入という外敵の問題はまだ残っていたわけだ。
ちなみにウァレリアヌスは息子を共同皇帝に据え、主に帝国の東方を息子が、西方をウァレリアヌスが担当するという形をとっていたので、メソポタミアからシリアへと侵入してきたササン朝ペルシアを討伐するべく西方へ向かうのだが、エデッサでの会戦で何とウァレリアヌスはササン朝ペルシアの捕虜になってしまった。ちなみにローマ皇帝が異民族の捕虜になったというのは歴史上はじめてのこと。
まあそれはですね~、ここまでガッタガタになっているローマ軍じゃ、ササン朝ペルシアには勝てませんよ。ササン朝ペルシアはこのちょっと前にパルティアを滅ぼして建国されたばかりで、この時ちょうど2代目のシャープール1世の時代だったのだが、7歳の時から騎馬と射術の腕を教え込まれ、長く苦しい巻狩りなどをたびたび行って克己心を叩き込まれていたとか、各地方総督は独自の軍事訓練所を設けて王から下賜される封土と引き換えの軍務奉仕に備えていたとかいう話を見ると、好き勝手並べたててすっかり甘やかされていたローマ軍が勝てるはずがないですよねえ。
結局捕虜になったウァレリアヌスがその後どうなったのかはわかりません。とりあえずウァレリアヌスを降伏させているシャープール1世の巨大な浮彫というのが現在残っていて、どうもペルシアに連行されたらしいんですが、その後についてはシャープールが民衆の前でさらしものにしたとか、常に傍に連れていて馬に乗る時にウァレリアヌスを踏み台代わりに使ったとか、ウァレリアヌスが病死した後も遺体に藁を詰めて見世物にしていたとか、あるいは皮剥ぎの刑にされたという説もあります。でもどれが本当のことだかわからないという。まるで冷戦時に鉄のカーテンの向こうに連れ去られちゃってそのまま消息不明になってしまった西側外交官みたいな感じ。
しかしこれで前回の時点から10年ちょっとしか進んでないんですよね、何この混乱ぶり。大体皇帝がフーリガン、じゃなかったゲルマン民族に殺されるわ、ペルシアの捕虜になっちゃうわ、弱体ぶりも凄まじいというか、トラヤヌスとハドリアヌスが化けて出てきそうだ(笑)。
というわけで今日はこのあたりで。

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