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<<   作成日時 : 2017/10/10 19:28   >>

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ちょっと間があいたのだが、「ダンケルク」な「ダンケルク」の続き。

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あらためて繰り返しになるが、この映画はストーリーを構成する3つのパート=ダンケルクの海岸の1週間、ダンケルクへ向かう民間船の1日、スピットファイアの1時間を組み合わせた構成になっている
そのわりに上映時間がそれほど長くないというのは、登場人物が基本没個性的というか、群像劇というか、それぞれのパートに出てくる人物の背景やドラマといった部分はざっくり省いているからではないかと。という描き方は好みがわかれるのではないかと思うが。
ちなみにノーラン監督が影響を受けたというか参考にしたというのでアンリ・カルティエ=ブレッソンの名前をあげていたのは、ああ、なるほど納得。

それでたとえば、ダンケルク海岸のシーンとかは、確かにスツーカの爆撃や負傷者や死体も出てきてはいるのだが、どっちかというとそれほど生々しいという感じではないし、たとえばあとで民間船に救助されるキリアン・マーフィーに至っては、確か役名すらないよね? それに一体それまでに何があったのかとか、ドラマを重視するなら描かれているであろう部分が観客の想像にゆだねられているという感じだったり。

とはいえ、前回の話(http://niyari-orbit-catseye.at.webry.info/201710/article_1.html)のスピットファイアパートでは、パイロットのファリア、というよりスピットファイアは、何しろイギリス人にとっての救国のシンボルなので(どちらかというとこのあとの「バトル・オブ・ブリテン」での印象の方が強いと思われるが)、存在感はあったしヒーロー的な描かれ方をしていたと思う。

それからダンケルク撤退=ダイナモ作戦と言えば、キモは救助艇から遊覧船から釣り船まで、民間のあらゆる小型船を総動員しての30万以上のイギリス兵の大輸送作戦なので、それに参加した船団のうちの1隻の、マーク・ライランス演じるドーソン船長は、名もなきヒーローということで(というかネタバレなので伏せておくが、この船上で起こったこととか、ラストのあれとか、本当に)、抑えてはいても存在感があった

というかこの作戦が実を言うとどんだけ無茶なことをやっていたかという話ですよ
作中ダンケルクのイギリス兵が、(海の向こうに)イギリスの海岸が見えているのに、というシーンが出てくるのだが、実際ドーバー海峡の狭いところ同士なら、天気さえよければ対岸は見える
というくらいの距離なら大したことないんじゃ? と思った方。いやいや、↑この「天気さえよければ」というのが大きな落とし穴だったりする。映画では海上は晴れてたし、特に問題なさそうだったよと思った方、そりゃいくらノーラン監督でも撮影のために船を遭難させるわけにはいかないからというだけの話でしょうよ(笑)。いや、本当に。
そもそも対岸から見えるくらいの距離しかないというのにイギリスが(ヴァイキングやその子孫のノルマン人など海のプロを除いて)その対岸の諸外国から侵略を受けずにきたというのは、この海がまったくかわいげがないからですよ。大体イギリスおよびその周辺の海は、冬だろうが夏だろうが、年中無休で天気が悪いことで有名で、それを舐めてかかったアルマダ(スペインの無敵艦隊)のようなのはその餌食になって大半が海の藻屑と消えていたりする(まあイングランド軍に沈められた分もあるが)。
え? 撤退作戦は5月末〜6月初めで、ヨーロッパは初夏で季節がいいんじゃないかって? 多分そのヨーロッパはドーバーの向こう側の大陸ヨーロッパ限定です。
現にこの4年後、ノルマンディー上陸作戦も6月初めに行われているのだが、その際当初の作戦決行日が悪天候のため延期されているくらいだし。

もっとも、生まれたときから悪天候には慣れ親しんでいるイギリス人の場合は話は別だが(笑)。
なにしろノルマンディー上陸作戦が実際に始まった日にしても、実は天気がすっきりしなくて、ドイツ側はこんな悪い天気にドーバー超えてくるバカはいないだろうと思い込んでいたという。ついでに言えば連合軍側にしても最初はどうしようか迷っていたらしいのだが、悪天候に慣れっこのイギリスが大丈夫、いけるからというので決行が決まったという感じだったようだし。

しかしノルマンディー上陸の際は軍艦なり揚陸艦なりだったわけで、頑丈なつくりをしていただろうからまさかちょっと海が荒れたくらいで沈むってことはなかっただろうと思われるのだが。
一方ダンケルク撤退作戦は、これよりはるかに小さい民間船だし。
救助艇や遊覧船や釣り船やヨットやなにやといったって、多分ほとんどが沿岸で操業していたものであって、普段からドーバーを横断していたわけではなかろう。当時はまだユーロスターがなかったから定期連絡船みたいなものはあったかもしれんが、しかし当時はまだEUもなかったわけだから国境とかいろいろあるだろうし、イギリスの遊覧船や釣り船が気軽にフランスに出かけて行ったりできなかっただろう。

というところへ、いくら悪天候にも海にも慣れっこだからと言って、小型船でドーバー横断とか、わりと無茶やってると思うのだが。
もちろん全部が全部民間頼みだったわけではなく、軍艦もかなりの人数を収容していたのだが、しかし、今でも残っているというダンケルク撤退に参加したという船の写真とか見てみると、映画で出てきたドーソン船長の船はまだいい方というか、ボートと言った方がいいんじゃないのかという船とかありますからね。よくあんなんでドーバー渡って無事戻ってきたな。いや、すごいわ。

そしてこのダンケルク撤退作戦は、作中でも当初数万人救えればいい方と言っていたのが、30万人以上を救うという結果となり、チャーチルはこれをうけて「我々が断じて降伏しない(We shall never surrender)」と下院で演説。この演説がラストで流れているのだが、あの、字幕は字数の都合があるというのは重々承知しているが、しかしこれを「あきらめない」としちゃうのはちょっと違うんじゃないかなあ
そしてもともと挑戦されると後には引けないイギリス人はこの結果を受けて一気に抗戦ムードに傾き、この約1か月後から始まる「バトル・オブ・ブリテン」やロンドン大空襲にも一致団結して乗り切っていく一方、また上の方のごたごたで作戦に齟齬をきたしたドイツはもうへこたれないイギリスのことがイヤになったのか、イギリス本土進攻作戦を見送りにして、矛先を転じてソ連に侵攻して独ソ戦開始。ほんとこの、ドイツの肝心なところでごたごたするのと、イギリスみたいなへこたれないうえに放っておくと何をするかわからないところを攻めずにやめておくとか、ソ連(ロシア)みたいなどこまで行っても果てがないだだっ広いところにうかつに攻め込むとか、そういあたりが敗因だと思う。おかげでその間にイギリスがアメリカ(とソ連)を引きずり込んで連合国を結成するのだからして。

というわけで、途中何だか話がだいぶずれたような気がするが(笑)、歴史好き必見のおススメ
今日はこのあたりで。



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